2017年3月11日

「田中さんのV7classic」(6)

函崎さんに続いて、僕もV7を追いかけるような感じで、田中さんの店の表へ出た。
車4台ほどが駐まれる道路前のスペース。

田中さんは、函崎さんのV7classicをサイドスタンドで止め、函崎さんを待った。
函崎さんは、ヘルメットのあご紐を止め、グローブをはめながら、V7のそばに歩み寄った。

田中さんがV7のスタートボタンに触れると、V7はセルモーターのキュルッっという音を一瞬させたかと思うと、すぐに目覚めた。
(作品中に出てくる名称はすべて架空のものであり、実在のショップ、メーカー等とは一切関係ありません。)

ノーマルのV7よりも乾いた、いかにもフリクションの少ない感じの音が響いた。
ボリュームはノーマルよりも大きくはなっているが、もともとがとても静かなエンジンだから、これでも静かな方だ。
全身がふるふると少し震えるのは、モトグッツィらしい感じだった。
田中さんがグリップをひねると、エンジンが反応して回転が上がり、ブオッと音がし、同時に車体がぶるっと震えて右に起きようとした。
縦置きクランクエンジンのトルクリアクションだ。
「暖気は、どれくらいを?」
函崎さんが田中さんに訊いた。
「気温によりますが、1分から1分半くらいで。」
「アイドリングのままですか」
「いえ、最初は、3,000rpm以下で、少し回し気味に、エンジンの回りたいようにしてやってください。回転上下していいので。」
「わかりました。あ、音が変わってきましたね。」
「熱が入ってくると、空冷のために大きめにとったクリアランスが本来のもの近づいてきて、ノイズが減ってきます。そしたら、アイドリングでいいですが、5分以上は停止状態でアイドリングしない方がいいです。」
「熱の偏在による歪みですね」
僕はまた口をはさんでしまった。
田中さんと函崎さんは僕を見て、にっこり笑った。函崎さんはヘルメットをかぶっているから表情がよくわからないのだが、笑ったように思えた。
「そうです。」
「長い信号待ちなどは?」
「信号待ち程度なら止めなくてもいいです。あまり頻繁な始動と停止の繰り返しも負担になりますので。でも、街中で信号ストップの時アイドリングストップする程度の頻度なら特に問題ないですから、お好きにしてください。その程度なら、どちらでもいいです。」

話しているうちにさらに回転は安定し、ノイズが消えて、美しい音になってきた。

写真はV7classic。出典はMOTOGUZZIのHPから。彩度を落とす加工。
「では。」田中さんがいい、函崎さんがうなずく。

函崎さんは長い脚をひらりと回して、V7にまたがった。
そのとたんに、白いV7がぴたりと決まったように感じる。
このV7のルックスは、函崎さんがまたがって完成するようにできている。
シートも、ハンドルも、ステップも、見事に違和感なく、ぴったり決まっていた。
だから、何でもないように見える。
あまりに自然なのだ。
同時に、僕はこの函崎さんというライダーの腕前を思って、身震いがした。
こんなに跨って姿勢が自然に決まるのは、ライディングを職業としている白バイ隊員の中でも、そういるものではない。

田中さんは満足そうに、v7と函崎さんを眺めて、それから函崎さんのヘルメットに顔を近づけてテストライドコースの説明をした。

「函崎さん、ではいつもの左回りからの8の字、写真館前コースで。」
「はい。」
「最初の左折角は気をつけて、様子をみてください。あとはそんなに変わっていないはずですから、いつも通りで大丈夫です。」
「はい。では、ちょっと行ってきます。」

田中さんがマシンから離れ、函崎さんは前後左右を確認。
左ウィンカーを付け、ギアをローに入れた。
無音、無ショックで、ギアが入った。
函崎さんはV7をそろそろと道路のへりまで運び、車の切れるのを待った。

流れの切れ目を見つけると、函崎さんはv7を発進させ、左手に走り去った。
乾いたいい音が、歯切れよく、しかし耳障りなことがなく、軽やかに聞こえながら、函崎さんは走っていった。

すぐに2速に入れ、また加速すると3速に入ったのが分かった。

音の切れ目が殆どない。素早くて、確実なシフトアップだ。
思わず、オートシフターを装備していたのかと思ってしまうような、そんな加速で、
函崎さんは離れていき、やがて後続の車の姿の陰に隠れて見えなくなった。

なんてきれいな後姿だ。
改装なった愛車にちょっと慎重に、緊張しながらも、まるで自然に、マシンを走らせて行った。
凛として、美しく、ライダーが跨ると、V7は俄然生き生きとして見えた。
溌剌とした生命力にあふれ、生きて走る歓びを体現しているかのようにさえ、見えた。
ただ街中を道を普通に発信して、車の流れに沿って走り去っただけだというのに。

ぼくは半ば呆然として、彼女を見送っていた。

「20分くらいで帰ってくると思います。中で待ちましょう。」
田中さんの声で我に返った。
「気に入ってくれるとおもうんですが。こればっかりは本人が走らせてみないとわからないので。」
半ば自信ありげに、半ば心配そうに、彼女が走り去った道の方を見ながら。田中さんは言って、僕を促して、店の中に入った。(つづく)

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